就活
この前大学の時の友達とお話ししてて、
「どうやって就活したの?」
って聞かれて、
あ、就活とかしてねえわ。。。
ってなって、たしかに普通は企業説明会とかいって書類出して面接受けて、、、ってあるんだよなーって思ったら結構不思議な感じでたどり着いたのだと思ったので、経緯を書いておこうと思うよっ!!!(^^)(何回も人に説明すんのめんどいだけ笑)
さかのぼること
ラオスのゲストハウス
子ども文化センターにいって、子どもと関わることについて改めて考えを巡らせていた時に、日本では、こういう自由な感じの学校はないのかなぁって思って、本田健さんが「サドベリースクール」に娘さんを通わせてるっていうのを思い出した。
で、そのまま「サドベリースクール 日本」で調べていた時に目についたのが岐阜の「ちゃおう」っていうサドベリースクールだった。
ブログやフェイスブックページがあったのでいろいろ見ていくとそこで校長を務めている人が俺と似てて、小学校の先生を4年くらいで辞めてヒッチハイクやら海外旅やらいろんなことして今の「ちゃおう」にたどり着いたっていう人だった。
その「福ちゃん」っていう校長先生に是非とも会ってみたいなーって思いながらFacebookを読みあさっていくと、面白い記事がいくつかあって、なんとはなしに「いいね」をいくつかおしてた。
そのあと数分後にまたFacebookを開くと、知らない人から「いいね」が届いてた。
誰だろうなーってその人のページに行ってみると、なんと「ちゃおう」のスタッフの方だった!
その時「あ!認識してくれた!」って思って気づいたらメッセージ送ってた。
今はラオスにいて、一度お会いしたいですーって。そしたらすぐ連絡が返ってきて、是非って!
ってことで、ちょうど8月26日に学校説明会が開催されることになってたので、その日に合わせて8月24日に帰国することを決めた。
で、帰ってきてから静岡寄らずにそのまま岐阜に行った。無事説明会には無事に参加できた。福ちゃんやいいねしてくれたスタッフのあやちゃん、そのほかにもいろんな人とお会いできて十分楽しかった。
満足して、さぁ次はどうしようとか思ってたらその夜におもしろい話し合いがあるから行こうって誘ってくださった。
そりゃあもう行くしかないなぁって言って
発達障害で生活が成り立っていない家族の支援をしながら、子ども食堂や宿泊施設の運営もしている方のところへ行った。
そこで出会ったのが、今回僕が勤めることになった福岡の会社の代表の方たちだった。
クラウドファンディングを使って生活支援をするその活動と思いに心を打たれて、岐阜まで会いにきたところだったと言っていた。
正直
その時はなんなのだろうグイグイくるこの人たちは。。。
っていう印象しかなかったのだけれど、いろいろお話ししているうちに、「福岡に見においでよ!」となり、「あぁ、いったら面白そうやね」と福ちゃんがなり、「じゃあ、よくわかんないけど行ってみるか」となって次の日福岡に行くことになった笑笑
で自動車一般道を走りきり、24時間かけて福岡についた笑
そこでいろんなもの見せてもらった。
子どもたちの関わり合いの様子や、大人に向けた講座を見せていただき、夜はおうちに泊めてもらった。
全部で3日か4日くらいいたと思う。
いままで自分が避けてきたこととか、見ないようにしてきたことを包み隠さず伝え合う姿を見て、自分もこうなりたいなって思ってしまったし、この人たちと一緒に過ごしてみたいって思ってしまった。
そんなこんなで、いろんなお話をして、僕のこともよく思ってもらえたみたいで、「いつか一緒に働こう」と言ってもらえた。
「それまでにやりたいこと全部やっといて!」って。
その言葉を胸に、静岡に帰った。
のだけれど、
もう福岡に行くこと以外にやってみたいなーって思うことが思いつかなかった。
で、
9月の終わりごろ、また岐阜で一同が集まる機会があった。僕も行ってきた。
その時に、もう福岡で働きたいですって言おうと思って行った。
そしたら「福岡おいで」って先に伝えられた笑笑
えっえ??ってなった。
驚いたけどやっぱりすごく嬉しくて、楽しみだった。
正直、どんな仕事するのかよくわかってない。笑笑
向こうも俺がどれだけ働けるのかわかってない。
でもなんかしっくりきちゃった感じがしてる。
とか言ってすーぐ逃げ出したりしたらめちゃダサいけど、今回はちゃんと「自分で決めた」って言える選択だからちゃんと前向ける。
どんな未来が待ってるのか全然わかんないけど、ドラマティックでハートフルな毎日を送っていくことは間違いないと思います。笑笑
いろんな就職の仕方があるもんだっ!!!
つづく
一旦福岡行ってくる。
船旅久々や!!!
なんとヤマダが働きます
3月に仕事を辞めまして、早くも半年が過ぎました。離任式のまさに翌日から、偶然と直感をコンパスにしてヒッチハイク、チャリ、18切符、東南アジア、いろんな旅をしてきました。
それまでの生活では出会い得なかった人々、景色、価値観に触れて、ようやく少しずつ自分のことがわかってきました。
海外で生活してみたい→協力隊良さそう→会いに行ってみよう
っていうシンプルな動機で、観光も含め東南アジアを2ヶ月旅して、さまざまな現地隊員の人と出会うことができました。
隊員になったばかりの方、もうすぐ任期が終わる方、数年前に活動して数年ぶりに訪問しに来てた方、隊員を補佐する役についている方。いろんな切り口で青年海外協力隊について見て、聞いて、感じることができました。
さらに奇跡は重なり、(本来は隊員が派遣されるけど、たまたま任期の隊員のいないという)児童館的な施設にも出会いました。
子どもたちをあずかり、音楽や図工、日本語教育など学校とは少し違ったアプローチで子どもを育てていくという施設でした。教師のようには関わりたくないと確信していた自分にとって、それはやってみたいことに近しいものなのかなと感じるものでした。
そんな施設で現地の先生、子どもたちと10日間過ごすという「勝手に協力隊インターンシップ」も経験することができました。
そんなこんなを経て、自分が思ったことは、
「どっちかっていうと、俺は日本をどうにかしたい」
ってこと!
その現地をどうこうというよりも、そこでの経験を生かして、任期後日本にどう貢献できるか。
常に日本にどうアプローチできるのかという視点が消えることがなかった。
それがわかったうえで、
「まぁ、次やることも決まってないし、現地で生活するのも面白そうだし、とりあえず秋募集に応募してみっか!」って感じで帰国。
秋の募集要項まだかなーってしてたところ。
出会っちゃった。。。
ブログにも書きましたが、サドベリースクールを見学しに行った岐阜で。
福岡のファンキーでクレイジーな人たちに。
そんなこと言ったら怒られちゃいそうだけど、その時の僕にとってはファンキーでクレイジーだった。
まるで海外かのように、軽くてダイレクトに人と接してる。風通し良すぎてびっくり。
子どもとの関わり方や親のあり方について自分が感覚的に描いていたものを実現していて、そうできる人たちを増やすという思いをもっている方たちだった。
実際に福岡まで行ってそれを肌で感じて、自分もそこで学びたい、手伝いたい、その人たちと一緒に過ごしてみたいっていう思いが芽生えちゃったのでした。
同時に秋募集の案件が出た。
その中にはラオスのccc(僕が行った施設)のものはなく、そのほかの募集もワクワクするものではなかった。(こればっかりは仕方ないよね)
そんな2つのことが重なって、
ヤマダ、、、
福岡で働くことになりましたっ。
ひゅーひゅーっ
ぱんぱんっ
退職時には到底想像もできなかった状況だけど、ほんとに偶然に偶然が重なりまくって、今になった。
思うままに歩いてたら着いた。
って感じ。
そんな人生危なっかしくて見てらんないって人もたくさんいると思うけど、辞める時の自分はこういうのを求めてたし、今になってしまえば、それで絶対大丈夫。見えてないだけで前には絶対道がある。って確信してる。
無責任な言葉に聞こえるかもしれないけど、体験してきちゃったことだから嘘じゃないよ。
って感じの自分を認めて、面白がって、一緒に働こう!って言ってくれた人たちが福岡にはいる。
そんな人たちがどうやって子育てしてるのか、どうやって仕事してるのか、そして、そんな場所で自分がどう貢献していけるのか楽しみです。
今回は自分で決めたって思える選択してるからね。そんな自分がどう仕事してくのか内側から見てくのも楽しみです。
ってわけで、
その会社の人たち以外福岡に全く知り合いいないので、是非遊びに来てください!!!
最初博多にいて、11月くらいから直方市っていうちょいといなせな田舎町に住む予定です!!!
現場からは以上です。
東南アジア旅シェア会
先週の金曜日の話になっちゃいましたが
2ヶ月間かけて行ってきた東南アジア旅のシェア会を静岡で行いました。
開催が決定したのは日本に帰国してすぐ。
旅に出る前、主催されていたバックパッカー飲み会に参加させてもらって、そこで仲良くなった白岩さんからシェア会開催のご提案をいただき、そのままあれよあれよという間にイベントが立ち上がり、人が集まり、開催する運びになりました。
あれよあれよと言いましたが、ぼくは旅の資料作って話すこと考えて練習しただけ。
集客やイベントページの作成、会場の手配から当日のさまざまな配慮まで、全部白岩さんや、協力してくださる方たちがやってくださいました。
おかげでぼくは話すことに集中することができました。
この場を借りて、再度。
ありがとうございましたっ!!!
というわけで、ざっくりいうと15人くらいの前で2時間話しきるっていう今までにないスーパーチャレンジ。
先生だったから人前慣れてるでしょ?とか言われたけど、2時間も1人で喋り続けることとかねえわ!
長すぎて時間配分は想像できないし、来る人の半分は知らない人だし、そんな人たちのお仕事終わりのプレミアムフライデーの2時間をぼくが担うわけよ!しかもお金とって!!
やっぱ文字に起こしてみて改めて思うけど現時点ではスーパーチャレンジだったわ。
結局そんな時間配分とか責任とか考えてたら
「うまくいかなかったらどうしよう」
しか頭に浮かんでこなくなっちゃうから始まる頃には腹くくって自分が1番楽しんでやろうって思ってた。
で、
結果としては、
ばか楽しかった笑
チキンのくせして人前に出るの好きだし、
注目浴びたいし、
自分の話聞いて欲しいし、
笑ってもらいたいし、
笑ってたいし、
人が好きなのだなぁと
改めて感じてしまった。
ほんと始まるまでそわそわ治んないし、始まってからも5分くらいずっと声震えたまんまのハナクソメンタルなのだけれど、こういう機会を通してきっと強くなっていくだろうと信じているよ。
もちろん反省点はたくさん。
でもいいなって思えたことももっとたくさん。
2時間喋れちゃったこと
たくさん笑顔作れたこと
自分が楽しめたこと
楽しかったって言ってもらえたこと
旅が振り返れたこと
誰かと協力してイベントを開催できたこと
世界行ってみたいって思ったって行ってもらえたこと。
などなどなどなど。
一言にまとめると
「夢が叶い始めた」ってかんじ。
このシェア会で起こったことほとんど夢。笑
旅のシェア会がしたい
人前で話すことがしたい
誰かが一歩踏み出すきっかけになりたい
人を笑顔にしたい
人に感動を与えたい
そして、喜びの対価としてお金をもらいたい。
そういう「夢」(?って言っていいのかな)の数々が小さく小さく芽吹いた会になったように思います。
終わった後、
すごくよかったよ!
また聞かせてよ!
と笑顔で語りかけられた時に、なんとも言えないステキな感情になったのは多分やみつきになっちゃうんだろうなって感じた。プラスでお金ももらえたしね。
今後講演家になるぞ!と意気込んでるわけではないけれど、イキイキとした感情の循環の中でその相手の笑顔とともに自分の元にお金が入ってくることの喜びが半端じゃないことを知ってしまった瞬間でした。
とにかく、自信がわいた!
自分にもできるぞってなった!
こういう機会を与えていただいてありがとうございましたっ!
加えて
次の日にはこの会に来てくださった方と会うことになって、コメダで3時間ぶっ通しでお話しした。
その方は仕事の関係で、会終了の30分くらい前に到着した人。そんな時間になっても来てくれて嬉しかった。
30分間話をすっごく真剣に聞いてくれて、終わった後にはもっといろんな話がしたいって連絡をくださった。
とってもフットワークが軽くて次の日に会った笑
自分で言うのもアレだけど、「山田さんみたいにイキイキした目の人になりたい」って言ってもらえた。
1年前は考えられんことが起きてて、「あー、だいぶ歩いてきたなー」って思った。
そういう人のより具体的なお手伝いが出来るような人間になって、イキイキと動き回る人を増やせる人間になりたいと感じました。
芸能界デビュー
まぁ、もちろんエキストラで映画の撮影のお手伝いしただけなんですけどね。
たまたま人数が足りないからって連絡があって、悪者の手下役をしに静岡駅前のホテルでやってた収録に行ってきました。
隠してたつもりだったんだけど、仏感が漏れ出しちゃってたみたいで、「君ホテルマン。」っていっていきなり役を変えられちゃったよ。
(このしょんない写真しかなかった笑)
役作りしてたのなぁ。
ってことで若本武夫っていう真面目そうなホテルマンしてきました。名前あったの地味に嬉し笑
なんとかすずさんとか
松田翔なんとかさんとか
ほかにもかなり豪華なキャストが集まってて、うぇーい!ってなりました。
っていうてへぺろな話がしたかったわけではなくてですねえ、
映画作成の裏側が観れて、いろんな刺激をもらえたのよ。
こんなこと滅多に(いや、これからガンガンある人生が待ってるかもしれ)ないから共有させてもらうよ!
映画だけ見てると綺麗に編集されて、作品となって出てきたものだからとってもスムーズなんだけど、現場は本当に地道で、同じシーンを何度も撮りまくってた。だからとっても時間がかかって、俺は朝の6時半から夜の8時までいた。でもその後も撮影は続いてて、夜の2時に終了の予定だったって聞いた。
出演してる人はもちろん、制作に関わるスタッフ、エキストラ、みんなめっちゃタフだなって思ったし、そんだけ時間かけても使われるのは本当数分とか数秒ぐらいでしかなくて、骨の折れる仕事やなぁと思った。
そんななかで特に印象的だったのが2つ
1つはさすがやなーって思ったこと
1つはなんだかなーって思ったこと
1つ目のさすがやなーは
スイッチの入れ方がエグいってこと
俳優、女優の人たちはスタート!ってなったら一瞬でその世界に入り込む。入り込むだけじゃなくて、その姿を見せることで周囲を巻き込んでく。そういう人たちが何人もいて、互いが互いの世界をぶつけ合って循環しあって1つの「すごい」空間が生まれるんやなーって思った。
そのスタートの入れ方は様々で、リリーなんとかさんは、スイッチが入ったとか入んないとかわかんない。ずっと同じテンションに見える。力みがなくてありのままに見えるんだけど本当の本当の心の奥は見えないミステリアスさというか変態感があってそれがすっげえエロかった。
広瀬なんとかさんは多分スタートになる前に自分で自分をガンガン入れてくタイプなんだと思った。周りにいくら人がいようとあたかも自分だけであるかのようにぐーっと自分にフォーカスしてくのを感じた。だから録画が始まった瞬間には最高に高まった状態で演技できてた感じ。
役にもよるんだろうけど、人それぞれに入り込み方ってあって面白かった。やり方も入り込み具合も人それぞれだけど、それらが混ざり合ってできていく映画の世界ってのが面白いなぁって感じた。
もう1つのなんだかなーの方は、
そういう大御所とか、大物とかって言われる人たちがまるで神様みたいに扱われてたってこと。
もちろんそれだけの実績と覚悟と犠牲と努力の上に勝ち取ったポジションにいるわけだし、その人自身が商売道具であるわけだし、心整えて演技に向かってるわけだから、できるだけそっちに集中してもらうために大切に接するってのはわかる!!!
いいとおもう!
でもさ、
なんか、
自分も含めてエキストラの人たちが「うわぁぁあ松田翔なんとかだー!」とかってなるわけやん。
わかるんよ、
俺もそうなったし、
わかるんだけどさ、
でもなんていうか、
そうなる自分が嫌だったんだよね。
いや、
こっち側じゃなくてそっち側がいい。って笑
べつに芸能人になりたいとかこれっぽっちも思ってないけどさ、何考えてるのかとか話してみたいっ!!!ってなったわけよ。
芸能人だけど人間じゃん?
なのにそこの間になんか圧倒的な壁があって、向こうも自分のことなんとも思ってないし、自分も向こうにアプローチできる気がしなかったんだよね。
それが嫌だったのよ。
ふつうに友達みたいに話してみたいじゃん。どんな気持ちで何思って生きてるのかとか知りたいじゃん。
それであーやっぱ人間やんってなんのかもしれんし、うーわやっぱ神だわってなんのかもしれないし、それはどうなんのかわかんないけど、興味が湧いてしまったからどうにか友達になってみたいよね。
もちろん友達になればステータス上がった感じになってテンション上がるやん。まぁ、そういう感覚でいる時点で全然小物だけど、そーゆーんじゃなくて、普通な、ニュートラルないわゆる友達くらいのノリでお話しできるくらいに自分を高めるというか、おんなじオーラを纏ってみたいなって思ったのでした。
そう、オーラ。
風格がすごかったんよなー。
多分ダンディな感じはむりだから
自分をこじらせるっきゃねえな笑
ま、
一過性のものだったとしてもいろんな刺激をもらった1日でした。
富士山初登頂!
ついに富士山登頂してきたぁ!
いつかしたいいつかしたいと思い続けていつのまにか26歳になってた。
今年は東南アジア行ってしまっていたから、夏も終わっちゃうし、一緒に行く人いないしで、また来年に持ち越しだなーって思ってた矢先。
9月の1日かな。
東南アジア旅のきっかけをくれた仙台の内藤さんが、「ごめん、会おうって言ってた日に富士山登ることになったわ」って予定変更のごめんね電話してきた。
から、
「あ、ぼくもいっていいですか?」
ってなって、
「あ、ええで」
ってなって急遽登ることになった。
よかったなー!
だから旅の途中ラジオが終わった後、家に一瞬だけ帰宅した。
よくわかんないけど使えそうなものリュックに詰め込んで、関東へ向かった。
いくら自分が変わっても、相変わらずめっちゃ仲良くしてくれる大学のメンバーとトランプしたり花火したり語りまくったり、
ニュージーランドのガイドブックを出すトミーさんたちの公演を行動派女子の森田さんと聞きに言ったり、
新宿御苑を西川くんと堪能したりしながら関東デイズを過ごし、
本当に本当に今回の旅の節目として、満を持して内藤さんと一緒に山を目指した。
こんな顔してるけどお気に入りのパーカーを電車の棚に置きっぱ紛失して、防寒防雨への不安でいっぱい。
大波乱なスタートになった。
一枚あるでーっていってパーカー貸してもらったんだけど、雨強すぎて一瞬で染み込んでくるからカッパ買いました。
写真にないけど、まじでこれから山登っていいのかなってくらい雨と風強くて焦ったけど、行った。
少しすると雨が弱まってきた。
この日は8合目にある蓬莱館っていう山小屋を目指す。内藤さんが以前そこで働いていたらしい。おもろいな笑
1時間半くらい歩くと暗くなってきて、そのうち何にも見えなくなった。
knotのキムにヘッドライト借りてたからそれでなんとかなった。
内藤さんのライトはいきなり電池が切れてキムのライト一本で頑張る時間が続いた。ほんとありがとうキム。
お互いの顔も見えないくらい真っ暗な登山道はいつのまにか岩場に変わってゴツゴツしたところを進んだ。
ガチのトレッキングシューズ買っといて本当に良かった。
将来のことや生きることや女のことやいろんなことを歩きながら話し続けた。
山の中は空気も音も本当にノイズレス。そこからさらに視界も体力も奪われて、どんどん登ることと話すことにフォーカスがいって、集中して行くことができた。
やぱ制限があるっていいよね。
そうはいっても息は上がってくるので、もう宿は近かったみたいなんだけど、おれがわがままいって座り込んだ。
カレーが待っていたにもかかわらずバランスパワーが食べたくて食べた。
すっげえうまいのな。
山で食べるってすっげえうまいってわかった。
すっげえうまいって共感しながら空を見上げたらいつのまにか雲が晴れてて、地上の何十倍もの数の星がうわぁぁあって見えた。
その瞬間すっげえ鳥肌たった。
生きててよかったーっていうか
生きてていいんだなーっていうか
もっと生きたいなーっていうか。。。
そんなことをシンプルに思った。
ラオスで星を見た時も思ったけれど、
「ちょっと星見に行こうや」
って言って彼女に航空券渡すのが夢になった。
そんなことを話してたら体が冷えてきてしまったので、宿を目指した。
すぐそこだった。笑
宿に着くと、
なんかよくわかんないけど南アフリカ人のビーちゃんと中国人と一緒にご飯食べた。
彼らは食べ終わってたのに。笑
ちなみにビーちゃんはお好み焼きの上にかけた鰹節が動くのがマジで気持ち悪いらしくて目をつむって食べるらしい笑
ほんとは食べたくないらしい。笑
んなこんなで一泊して朝!
朝日は宿で見た。
十分綺麗だし、山頂方向は晴れてた!
気分も晴れやか一択。
途中でめっちゃ気持ちのいい挨拶されたからキャラメルあげたら仲良くなって、イケメンが仲間に加わった。
ゴール!
鳥居をくぐると先に出発してたビーちゃんもおった!
登り切ったらゴールだと思ったら3776メートルはまた別のところにあるらしく、「お鉢周り」っていって、加工の周りを歩いて最高峰の剣ヶ峰を目指した。
火口は今まで見てきたどの火口よりも迫力があって、いろんな色や質や形があって、エネルギーを感じた。
1時間ほど歩いてようやくゴール!
少し休んでいると、一瞬だけ雨が降って、火口に虹が現れた。
なんか祝福されてる気持ちになってすっげえ嬉しかった。
最高の旅の締めくくりや。
下りは膝がきつかったわー。
長すぎだもんね笑
色々あったけど割愛笑
怪我もなく楽しい登山ができてよかったよ。
一緒にいってくれる人がいたからこそめちゃ楽しめたな!
感謝しかないわ!!
写真ないんだけど、その夜はknotに泊めてもらった。お客さんとして行くのは初めてやったなぁ。バカ眠かったけど楽しい夜を過ごせて本当に幸せだった。友達っていいね!
つづく
↑すごくない!?
空飛んでるみたい!
イケメンが撮ってくれた!!
またいつか登ろう!!
ネガティブ
ポジティブ最高!
ネガティブなこと言うと幸せ逃げちゃうよー!
辛いんだったらやめちゃえよー!
逃げたいんなら逃げちゃえよー!
見たくないんなら目を背けちゃえよー!
避けて、隠して、感じない!
ポジティブ最高!!
みたいになってたな。
ちょいと極端だけど。笑
まぁ、そういうのもありやと思うよ。
それでいい感じに進んだこれたし、なにより今この記事が書けるだけの気づきに繋がってる。
ネガティブ
大切でしょ。
笑
ま、分かっちゃいたよ。
ネガティブがあるからポジティブな状態が輝くって思うし、それらは表裏一体って。
分かっちゃいた。
分かっちゃいたけど、
感じることを避けてたわ。
どっか「ネガティブ」を見ないというか、本当は感じてるはずなのに無かったことにしてたことがあった気がする。
世の中全部ポジティブですー。
曇りなんてないですー。
みたいになることこそ至高。
みたいな自分がいた気がする。
それもいいとおもう。
いいとおもうけど、今の自分はね
「ネガティブ」を感じたいっ!!!
ってなってる。
自分の中にあるちょっぴり黒い部分に反応するものの正体を明らかにしたいって思ってる。
何が辛い?
何が嫌い?
何に苛立つ?
何に怒る?
何に萎える?
ネガティブはいけないこと。
にしてたから、最近それらがイマイチ分からん!
俺って何が嫌なんだろう。
それが分かったら、自動的に対局が見えてくるんやろな。
じっくりとネガティブを感じ切って、受け止め切って、許して、認めた先にじわじわとエネルギーが溜まって、また新しい世界に飛び出す準備ができていく気がする。
わざわざネガティブになる必要ないけどね。
肚で感じるものに正直にいようと覚悟が固まってきた。
その覚悟を支えてるのは、
「ゆーて大丈夫」っていう理由なき確固たる自信と
自分がどんなになったとしても絶対受け止めてもらえるだろうなって思える人に出会えたことと
それが自分のステップアップにつながる気がしてならないっていうカン。
1年前の自分が聞いたら
何言ってんだこいつってなるな笑
続く
1年前。
笑顔下手かっ!笑
素っ裸の人たち。
日本に帰ってきたから素っ裸の人たちにめちゃ会った。
行くとこ行くとこみんな素っ裸だったり、裸になるために努力してたりする人たち。
もう見えない何かが俺に裸になれよって言ってるとしか思えない。
もちろん
心的な意味で。
物理的にみんなはだけてたらやばいよね笑
それ日本に帰国できてないよね笑
心的に裸になってるってのは、
自分の思いに嘘がない
思ったことそのまま伝える
自分のどんな感情も受け止めて吐き出す
仮面かぶってない
本音で生きてる
自分に依存してる
ありのまま生きてる
嫌われる覚悟をしてる
自分が主人公
自分の操縦席には自分が座ってる
って感じかな。
とにかくいく場所行く場所でそういう人たちばかりに会うんだ。
岐阜、福岡、岡山、名古屋
裸になり具合の差はあれど、みんないい感じにはだけてる。すっぽんぽんの人は2人いたな笑
そういう人たちに会うと、服というか、重たい鎧を着て人と接している自分がなんかちっぽけに思えてくる。俺もいろんなもの脱ぎ捨てて、素っ裸で軽快に生きたい!って思えてくる。
これ以上自分に嘘つきたくないっ!どんな自分も受け入れてやりたいっ!って思えてくる。
でもさ、
裸になるのってめっちゃ怖いんよね。
恥ずかしい。
こんなこと言ったらどう思われるだろう。
嫌われたらどうしよう。
よく思われたいなぁ。
衝突したくないなあ。
これまでずっとなにかを身にまとっていて、生身で人と接してこなかったから、おもいきってぶつかっていったその先で自分がどうなってしまうのかわからなくて、傷つくのが怖くて、服を脱ぐことを恐れてしまう。
素っ裸の人を見て、最初は苦笑いするしかなかった。
おっおう。。。
ってなるしかなかった。
でもさ、何日もそういう人たちに囲まれていると、脱いでない自分のまま人と接することが申し訳なくなってくる。
できない自分が残念になってくる。
自分も脱いでみたいっ!生身で人と接してみたいっ!
そうおもえてくる。
それでさ、言ってみるの。
「わかんないよ。」
「嫌だよ。」
「やりたくないよ。」
俺はネガティブなワードがたくさん出てきた。
これまで
共感できない。
理解できない。
うまくできない。
って自分を認めたくなかったんだろうね。
人に合わせることが上手に生きることだと、よりよい生き方だといつのまにか信じてしまっていたから、人と対立するようなことをストレートに伝えることができなかったんだってわかった。人のこと理解して受け入れられることがかっこいいことだと信じてた。
言う時はさ、
すっごく怖い。
そんなこと言って怒られたらどうしようって、こいつわかってねえなって思われたらどうしようって、人に合わせられねえお子様だって思われたらどうしようって。
すげえ思った。
なんか、また仕事辞めた時みたいな、丸腰で崖からダイブする感覚になった。
でもね、
やっぱりね、
大丈夫だった。
大丈夫なんよね。
まあ、言う相手も存分に素っ裸だからそういう関わり方が当然なんだよね。ちゃんとぶつかれた。ぶつかって受け止めてもらえた。受け入れてもらえるかどうかは別としてね。
でさ、
やっぱすげえ嬉しくてスッキリした気持ちになった。思ってたことそのまま伝えられたからだと思う。その一瞬はちょいと怖いし不穏な感じになったりもするんだけど、お互いに開いてる感覚を共有できて、なんかまた一歩近づけた気持ちになるの。
ほかにも
自分の感情に蓋をせずにちゃんと吐き出すことで、また新しい感情が生まれられるスペースができる感じとか、自分を許してあげられたなーっていう満足感とか、いろんな「いい感じ」が生まれた。
もちろんいきなり素っ裸になるのはむずいと思うけど、少しずつ脱ぎ捨てて行こうって思った。
次のフェーズにいくための鍵はそこにある気がするやでっ!!!
つづく
歌っていいよ!
踊っていいよ!
うまくいかなくてもいいよ!
喧嘩してもいいよ!
自分出してあげられるのは自分しかおらんからね!ゆるしてあげよっ!!