東日本7日目 仙台〜新潟〜仙台
朝5時に起きて
駅まで走ってギリギリに電車に乗った。
内藤さんの同僚の方達と一緒に
新潟へツリーハウスづくりを学びに行った。
笑
内藤さんの後輩で同い年の筒井くんが車を出してくれて、4人で新潟へ。
ツリーハウスは内藤さんが趣味で作りたいらしく、実際に作ってる人がいるという話を聞きつけて行ってきた。
さすが新潟。田んぼだらけだった。
なんと、全員青年海外協力隊関係者で、車内ではいろんな話を聞くことができた。
東南アジアでいま実際に活動している隊員さんに会ってみたいという話になると、本部?の方に連絡を取ってくださって、現地に打診してもらえそうな感じになった。
コミュニティ開発と、現地の小学校の2つの活動に興味がある。
まだどうなるかわかんないけど、話を聞いたり、実際にお手伝いとかさせてもらえるといいなぁ。
新潟の日本酒を試飲したり、宮内庁御用達のお団子を食べたりしながら森の中へ入った。
わくわくファームってところで、
日本一長いブランコがあったり、産直のお店があったりした。
ツリーハウスにも色々あるんだろうけど、ここのツリーハウスは1つの作品のような、アートな一面のあるものだった。
曲がりくねった木々を柵や階段として利用していて、面白い形をしていた。
その時思ったのは、
実は自然の方が複雑なんだってこと。
ネイチャーとか、自然とかってシンプルなもの
人間の作ったものの方が複雑
って思ってたけど、
自然の中に同じ形のものなんて1つもなくて、パターンがあるように見えなかった。
1つ1つの木の形や性質を見極めてそれを活かす。1つのものを終えたらなどと同じものには出会えない。
ロマンあるよね。
ツリーハウスまで行かなくてもなんか作ってみたい気持ちになった。
森の中での話し合いはとても気持ちが良かった。
相手の声がクリアに入ってきて、他に音がしないからすごく集中できた。
最初はゴロゴロできたらそれでいい。
だったのが、
いや、畑つくったら?
キャンプできるようにしたら?
子どもの教育の場にしたら?
村とかテーマパークになったらいいね!
なんてどんどん想像が膨らんでいって、どうなっちまうのかとワクワクした。
そのあかつきには自分も先生としてそこに協力させてもらえそう笑
可能性は無限だ!!
森の中でお話しするってのはやっぱいい。
キャンプしよう!
仙台への帰り道で、津波の押し寄せた地域に寄ってもらった。
場所にもよるだろうけど、僕がいったところはすでにだいぶ整備されていて、あまりダイレクトに震災を感じることはなかった。
静岡も揺れたし、たくさん津波の映像も見たんだけれど、当時からずっとやはりどこか他人事だった。行けば何か変わるだろうかと思ったけれど、熊本の時と同様に自分事にはならなかった。親身になれない自分に罪悪感のようなものすら感じた。
まあ今更なところもあるしね。
次何か起きたら足を運んで、自分なりにできることをしてみようと思った。
起きない方がいいけど。。。
このままだと本当に心のない人間みたいになっちゃってるけど、何も感じていなかったわけではなくて。
例えば
瓦礫を集めて作られた羊のアートにはすごく心が締め付けられた。人の命や生活を奪っていった波によって作られた瓦礫をアートに変えていた。その羊の顔はどこか笑っているような穏やかな顔に見えて、知らなければその背景に災害があったとは思えなかった。
明るく未来を見据えるその羊が瓦礫でできていることで、今後も震災忘れないようにしようという思いとともに、災害があったという事実も東北を構成する一部であるから、その過去をちゃんと糧にしながらに上を向いていこうというメッセージが込められている気がした。
暗くて写真が撮れなかったのが残念。
起きてしまったことは仕方ない。
それからどう生きるのかにフォーカスしていこうと、人々を勇気付けるものに感じた。アートってすごい。
この日も学びと出会いのある1日だった。
ありがたし。
続く
ps
田んぼのなかを自転車で漕ぐのってすごく気持ちいい。特に夕方で、空気が少し冷たくて、カエルがいい具合に鳴いてて夕日が山に沈んでいきそうな時。
でもそれは、その姿を見てる人にもいいんだということに気づいた。
東北には田んぼめっちゃあって電車の中から見ていると、ちゃんととなりのトトロで猫バスの中から田んぼ見てる時みたいになる。なんていうのかな。苗の間の狭い隙間から光が反射してシャーーーーってなるやつ。
あの疾走感。
それだけでもかなりいいかんじ。
そこに自転車のシルエットとゆるーいこぎ具合が合わさるといいかんじなの!
言葉にできないけど!
いいかんじ!
伝われー。